
両親から勘当・流産・不妊治療を経験した33歳えみこです。流産後に「私はずっと生きづらかったんだ」と気づいた話をします。
流産を経験し、心療内科に通い、自分の心と向き合うようになった。そのとき、ある衝撃的な事実に気づきました。
私の生きづらさの根っこは、子どものころから始まっていたということ。
「生きづらい」とずっと感じていた
小さいころから、なんとなく生きにくさを感じていました。
- 自分を責めることが多い
- 「迷惑をかけてはいけない」という強迫観念
- 人の顔色をうかがいすぎる
- 自分の意見を言えない
- 「喜んでいい」と思えない
これが「性格」だと思っていた。でも、流産後に心療内科に行き、本を読み、カウンセリングを受けるうちに気づいたんです。
原因は「機能不全家族」で育ったことだった
私が育った家族は、今で言う「機能不全家族」でした。
- 親からの否定・比較・条件つきの愛情
- 「子どもは産むな、不幸な人間を増やすな」という言葉(←今考えると完全に毒親発言)
- 結婚相手を「生理的に嫌い」という理由だけで反対し続ける
- 結婚後は一方的に絶縁(勘当)
こうした環境で育つと、「自分は愛される価値がない」「何かをしないと認めてもらえない」という思い込みが形成されやすいと言われています。
流産がきっかけで「自分の根っこ」を見つめることになった
流産は本当につらい出来事でした。でも同時に、「自分はなぜこんなに生きにくいのか」を本気で考えるきっかけになりました。
心療内科でのカウンセリング、「毒親」についての本、同じ経験を持つ方々のブログ——これらが少しずつ、自分の過去を整理する助けになりました。
「毒親育ち」と気づいた後の変化
「親のせいだった」と気づくことは、決して「親を恨む」ことではありません。ただ、「私はおかしくなかった。環境が影響していたんだ」とわかることで、自己嫌悪が少し楽になりました。
完全に解決したわけではありません。今でも自分責めが出てくることはある。でも「なぜそうなるのか」がわかるだけで、対処しやすくなりました。
同じ「生きづらさ」を感じているあなたへ
流産・不妊治療に加え、親との関係の問題も抱えている方へ。
あなたが感じている生きづらさは、あなたのせいじゃないかもしれない。
このブログでは、毒親・勘当・流産・不妊治療という経験を正直に書き続けています。「同じような人がいた」と思ってもらえたら嬉しいです。
流産後の精神的な辛さから心療内科を受診した体験も書いています。一人で抱え込まず、専門家への相談も選択肢のひとつです。




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